☆やまちブログ☆(志ろがねの牧だよ!)

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早稲田大学佐藤ゼミの学生さんが取材に来訪

 大震災の後の村の人に取材しているのだそうです 8/25

開拓して35年目の牧山を観た後、昨年から新規開拓に入った蝦夷森の山を案内した。

何に向かって開拓し、ここでどうしようと云うのか。
問題意識と目的意識、成長や変更はあっても、諦めは無い。

嫌になったこともあったが、嫌になるのは経済が苦しいとか、成果がなかなか見えてこない苦しさだ。でも、あきらめれば「全ては終わる」と云うこと。

山の緑はほとんどが牛が食えるもの。それを牛たち自身の力で、牛乳や牛体(肉)に変えるのが、日本の山地酪農の真髄だ。どこにも確立していないから、早く実現しなければならないのだ。若干二十歳で猶原先生に心で誓った
ことを、どこまでできるかは神仏の思し召し、苦しくても情けなくても、出来にくくても遅くても、諦めないでやるだけ。今自分にできる精一杯を尽くすのみ。そうやって生きて来た。

岩手県人会と云うのは聴いたことがあるが、変人会の代表になれると思う。
お金が儲かるかどうかではなく、当初から目指したのは、やり方としての山地酪農の実現だった。山の植物を活かし、牛を活かし、人を活かす。そして誰も傷つかない、永続的畜産としての確立。

目指した筈の元気な牛だった筈が、随分殺してしまった。(死んでしまった)死んでしまう度に、恩師に申し訳なく思った、このざまでは山地酪農への誤解が生まれても、理解や信用にはならないと思った。

自分が理想に向かうことで、家族を苦しめ、最低の生活を強いている。直ぐの改善の見通しが無い。そこに向かう時、自分が罪深い人間だと責めた。

木村秋則さんが、自責の念からロープを持って山へ向かう心境が、自分と重なって涙が止まらなかった。青森にもこう云う変人がいたかと。
でも自分はロープは持たないで済んだ。ご縁から山地酪農牛乳と云う牛乳屋を始めたからだ。新規事業では忙しくて死を考える暇もなかった。?でも起死回生の背水の陣だったから、もしもダメだったらどうなっていたか・・?
考えるのも恐ろしい。

でも、だれしもが人生の中で、生きることを考えて生きているわけで、気が付いたら改善すれば良いと思っている。気が付かなければ間違いを引きずることもあるだろうが、気が付かないのなら仕方が無いだろう。

でも、それを責める資格など誰も持ってはいない。
自分だって津波と同じで、どうしたから救われたのではなく、たまたま運が良くて助かったのだ。”人生は迷い”だと言った人がいたが、生かされている内は、迷ったり困ったり、でも沢山の笑顔もあるのだ。誰でも初めての人生でベテラン等はいない。みんな迷い、悩み、信じて進むだけだと思う。

でも少なくても、将来の日本は君たち若者に掛っている。
自分の背中に日本の将来が掛っていると云う自覚があるか?
シッカリと自覚して、責任を持って行動して欲しい。

一点で良いから、希望の光を見出して欲しい。
光が見えれば、目標に向かう推進力が生まれるからだ。
自分の利ではなく、社会の為の利を考えて欲しい。
人々の笑顔を生める道を考えて欲しい。

| 頑固オヤジ | 生意気オヤジ | 10:58 | comments(0) | - |









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