☆やまちブログ☆(志ろがねの牧だよ!)

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格調高く書き込んで頂きました。
(マッキ-様の書き込みから)
墓所の掃除の時期なんですね

3月11日があってもなくても
変わることなく
こうしてご先祖さまをお迎えする準備は
粛々とすすめられるんですね

東北に住む長老の方たちの
静かな
けれど迷わない生き方に触れると
都会の生活の
なんと 砂上の楼閣であることよ・・

思い知らされます

東北の人たちは
あまりにも過酷な過去を
その遺伝子の中に抱えているので
それを緩和するかのように

どんな辛い状況にも
えもいわれぬ「おかしみ」を
互いの言葉かけの中に感じます
大阪人のように 庶民的商人的なものではなく
平安の都人(みやこびと)が
歌の中に密かに二重の意味をもたせて楽しむような
そんな遺伝子も
東北人は合わせ持っていると思います

私の好きな詩です


「みづのたたへの ふかければ
 おもてにさわぐ なみもなし
 ひともなげきの ふかければ
 いよよおもてぞ しずかなる」  高橋元吉 作



(以下オヤジの返事)
マッキ-様
格調高いコメントをありがとうございました。
確かにそう云われてみれば、過酷な歴史が物語るように、
”淡々と楽しんで生きる”生き方は遺伝子に組み込まれたものがあるのかも・・・?と、思えなくもないですね。

先日の大震災の後、色々聞きますと、避難して自分たちの家が流されるのを見ながら、最初は「やっやっやっやー!」と、悲鳴にも似た声が出ていたそうですが、終いにはみんな笑っていたそうです。精神的な一定の限度を超える時、
”笑い”になってしまうのかと、改めて思いました。
(実に悲しい現実だと思います。)

どんなに辛い状況にも、得も言われぬ「おかしみ」を持って
生きて来たのでしょう。
「生きる」とは、そう云うことだったのだと思います。

うたのように、
厚みのある人間は、あらゆる事象をジタバタせずに受け止めて
苦しむ人もα波で、分かち受け止める、揺れない優しさを持っている
ような気がします。

笑顔とユーモアを忘れずに、受け入れまくって生きて行きたいものです。
先日は美味しい卵を、ありがとうございました。


| 頑固オヤジ | 頑固オヤジ | 10:35 | comments(0) | - |









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