☆やまちブログ☆(志ろがねの牧だよ!)

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heidi様にお応えして
heidi様
いつもありがとうございます。また文字だけになってしまいました。

おっしゃる通りですね。
山を下りて(下ろされて)町に行ったハイジでしたが、
山が懐かしくて、ちょっと変になってしまうほど苦しんで、泣いて暮らしていましたね。

でもクララとの出会いが、生きる元気を生んでくれました。
そのご縁がクララの足の回復につながって行きますね。(それこそお話でしょうけど、山に住む以上、そうありたいと思っています。)

我が家の餓鬼どもも、山でだけ暮らせばよいとは思っていません。お金の為ではなくて、意識の為です。

山に生まれて、山しか知らない生活は、やはり何か片手落ちだと思います。

ただ、自分の意識が世間に左右されないで、目標に向かえる元気だけはあって欲しいと思います。
自分の今を、世間と比較などしたら、とても情けなくてイヤになってしまうことが度々でした。(バブル時代もそうでした。)

世間は世間、自分は自分、と割り切って、ただひたすら自分の世界で生きる意識。(山の中だからかも知れませんが)

山は時代が変わっても、存在が変わるわけではありません。自然はあるがままにあるのです。その山を相手にするのですから、揺らぐ必要などありません。

世間を知らないのはいけませんが、目の前の山(与えられた自然)に向かって、振り回されない自分があることが大切だと思っていました。

尊徳の報徳の道に”積少偉大”と云うのがありますが、
山地酪農は自分の人生の時間の全てを掛けて進む生き方です。

経験も自信もない人生において、どこに向かうかの青写真があるのとないのとでは大きく違うのではないかと思います。

また日々の努力の積み重ねと共に、思いの積み重ねが大変大切だと思います。

小生の生き方の特徴は、「世間は世間、自分は自分」です。
今感じる問題意識の改善に向かって、自分に何が出来るのか、出来ないのか。

自分にあるのはそれだけです。どうぞ宜しくご賢察下さい。
 
| 頑固オヤジ | 頑固バカ親父 | 07:50 | comments(0) | - |









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