☆やまちブログ☆(志ろがねの牧だよ!)

ちっちゃな出来事・ビックリ・喜び・
悲しみ・感動…etc
沢山『足跡』残していこう!!

「講演集会が連続でありました。」
9月21日(木)には、久しぶりの講演集会が盛岡市茶畑にある、
“つながる台所”という、カフェレストランでありました。
ご縁に感謝しつつ、約20名の方々と、楽しく交流しながらの
講演集会になりました。

(つながる台所の会場で)

私は千葉県の市川市出身で、サラリーマン家庭に育ちました。
それが電気もない、お金もない生活を10年以上やって来ました。
(実際は今もない!(笑))
それだけでも物珍しいことですが、良く萎えることなく、
くじけずにやって来られました。でもこれは私の力ではなく、
崖っぷちに立つ度に、ご縁と云いますか誰かしらの助けがあった
ことで、今があることは間違いありません。自分でも運の強い男
だと思います。(笑) 

9月22日(金)は盛岡市の青山町駅前にある“びすとろ銀河”
という居酒屋さんでの勉強講演会ですが、配達帰りの純平が
担当しました。牛乳と野菜について、田野畑村ご出身の女医で
色々な役職をお持ちの、宮田恵先生のご案内で実現しました。
しかしびすとろ銀河の名越シェフご自身が、どういう所か
下見に来られ、歓談されて行きました。
真剣な姿勢を感じると共に、益々のご繁栄を祈らざるにはい
られませんでした。ご縁に感謝です!

(びすとろ銀河で)

連日の講演集会などは、大変珍しいことではありますが、
そうした機会に恵まれること自体、心よりの感謝しかありません。
会を企画し、ご準備下さった方々にも、感謝したいと思います。

その後、パックをデザインして下さった、そして次女の令子が嫁がせて
頂いている、山崎文子様宅にて、ぴょんぴょん舎の邊龍雄(ピョンヨンウン)
さんと久しぶりにお目に掛れる機会を頂きました。光栄に存じました。

(山崎文子さん事務所にて・文子さんと邊さん・そして孫のスイ(翠)と)

ご自分の運命的な事柄を、真摯に受け止めて、発展的に考える、
真面目人間でした。苦しみながらも新しい道を模索しながら、
“食”への道に進む決心をされました。

人一倍盛岡を愛し、宮沢賢治を愛し、盛岡の自然を愛し、歴史ある中国・
朝鮮・日本の文化の融合の役に立ちたいと、情熱を燃やすのでした。

謙虚に真摯に生きるお姿に、心より尊敬申し上げます。
以前にお会いした時の一言「水と空気は商売にしてはならない。」と
お店でお金をかけて美味しい水を提供しながらおっしゃったことが忘れられません。

孫の翠(すい:♀)を抱っこして下さっています。(笑)
人間愛・人類愛に満ちた方だと、確信しました。

次々に良いご縁に恵まれ、ありがたい限りです。人類が争うのではなく、
愛和することこそが人の道。

 私たちに課せられた使命は、平和の素晴らしさを世界中に発信することで、
軍隊を持つ事では決してないと思います。

牛の写真は久しぶりに晴れ、秋の気配の中で、足りなくなった草をカバーするために、
草地畑に補いに、放牧しているところです。
この光景も平和だからこその景色です。
豊かな自然に抱かれて、牛も人も幸せを謳歌して欲しいものです。


やればできると思います。お元気で!
| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 20:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
久しぶりにブログを再開「お便りの意味」

JUGEMテーマ:日記・一般



 皆様、お元気ですか? こちらは一同元気です。
久しぶりにブログを再開します。そういう気分になりました。
今までは、勝手に休み、本当に済みませんでした。

 お便りを「楽しみにしていますよ!」と言うお声を配達や発送でも、沢山頂戴し、
大変有難く嬉しく思っておりますが、中には「牛乳よりもお便りが欲しい!」って?(笑)

 しかし有難い限りです。1996年(平成8年)に牛乳屋を始めましたが、当時は背水の陣でした。
もしもダメなら一家離散をも覚悟しての、百姓が始めた牛乳屋だったのです。
まだ当時は週に一回盛岡方面配達だったのですが、熊谷農場の宗矩君と交代でやっていました。

 地元田野畑ではH11年頃から、熊谷農場の奥様の幸子さんがやってくれたのが始まりでした。
どちらもお客様が増え、盛岡便は週一の配達が朝の3時か4時頃出て、帰りは9時とか10時とかになりました。
疲れて10分か15分と思って仮眠を取ったつもりが、気が付けば何時間も寝てしまい
午前様になっていたりもしました。(笑)そんな時は一瞬何が起きたのか分からなくなりました。
「あれ、ここはどこ?・・・なんだ?」配達途中だったことを思い出し、安心したものでした。

 携帯もまだないし、家の方では大変心配したようです。
そうして多忙になり、牛飼いもままならなくなりましたが、喜んで応援して下さる皆様の
ことを考える時、益々お便りを書いて、感謝と共に牛乳をお届けしなければ
と思うのでした。

 ですから私にしてみれば一家離散から救ってくれた山地酪農牛乳とお客様なのであります。
発展的でなくても、会社を回すだけで精一杯でしたから、ここにいられるだけで、
潰れないだけで有難かったのです。
 
 週2の配達となり、会社は発展的ではありましたが、やればやるほど農場では困るのでした。
ましてや週に3回になり、日々の仕事を充分にできないからです。

 でも牛乳屋を始めたから、大地に根差す山地酪農の価値と云いますか、
意味も深く実感することができたと云えます。お客様の声が直接聞こえるからです。

 まずは「本当に美味しい牛乳だね!」また「牛乳が飲めないはずなのにこの牛乳なら飲めるのさ!」っと。
大変嬉しいことでした。これで普通ではないことを逆に実感しました。

ではその差は何だろうということから逆探知が始まりました。
色々調べるうちに、色々なことが分かって来ました。

〕入穀物飼料に依存する日本酪農は、充分な穀物自給ができるにも関わらず国策的に自給しないこと。
➁輸入段階で防疫上の問題などから、薬品漬けになること、これが家畜や鶏などの
 腹を通して生まれる薬害なのだと。日本の植物力(私の造語)は、素晴らしいものであります。
 牛はその植物の殆どを食べられるのです。勿論食べられないものも多々あります。
 
 でも、このままの自然の環境を、バラ線か電線を回せば、即活用できるのです。
最も放牧に慣れた牛がいませんから、最初は仔牛を買って、自分で育てなければなりませんがね。
日本では誰も肥料や手入れもしないでも、何十年かすれば立派に雑木林になる事実。
また深い森林になろうと日本の大地は動いています。

 家畜力で森林化を防ぎ、草地を維持管理し、永続的な創造生産に裏打ちされた自立農家を、
生み出すのが山地酪農の真の目的です。
 副産物は美味しい牛乳と健康的な美景です。観光的にも癒しの場としても、
大いに世界に通用する可能性が広がります。素晴らしい!!

このご縁に感謝し、習った恩師、猶原恭爾博士に感謝です。お元気で!
(ブログ更新の目安として、週に一度か二度と思っています。写真もできればアップします。)
皆様どうぞ宜しくお願い致します。



| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 12:55 | comments(2) | trackbacks(0) |
雪が来たー!(2/10お便りから)
 皆様、お元気ですか!東京にも20僂盥澆蕕擦神磴蓮△修里泙泙寮いで、
東北にも来ました。今も降り続けており、止むまでにどのくらい降るのでしょうか?
(明日の天気予報は晴れでした。)

ソチオリンピックどころではありません。今までに降った雪の量は60僂魃曚┐討ります。
一期に降られるのも困ったものですね。大体は雪の量が不足で、
このままだと土の乾燥と水不足になるだろうと、心配しておりました。
気候的に異常が多く、地球的に見れば大変異常になっているようです。
ですから何かあれば、直ぐに異常を疑ってしまうのです。



小織ちゃんが連れて来た真っ白な猫のブランカに、
恋したのかどうか知りませんが、居付いてしまった野良ネコのシマ。


現在60cmを越えております。でも、トラクターで除雪しており、
しかも性能が良いので、大変便利で有難いです。
色々な仕事が楽しくなるのは機械が揃ったところも大きいと思います。
こうして一日が終わろうとしております。
こう言う日は、おとなしく家でゆっくりするのです。
動けば余計にお金が掛かります。雪の性でガソリンも時間も掛かるのです。
したがって動かない方がよいのです。
無理に動いて事故にでもなったら、目も当てられませんからね。


ハチスケとウッドの出荷は、牛乳の出荷とは違います。今日で命が終わるのです。


手前がハチスケ奥がメスのウッド

青森の屠場に積んで行きましたが、何とも言えない心境です。
「この命を自分が終わらせる」と云うこと。
でも仕方が無いのです。ペットではありません。

ハチスケはジャージー牛のメスとホルスタインのオスとの雑種になります。
家畜市場では♂でも全く肉用の価値を認めてくれません。そこで市場から戻って来たのでした。
運賃や手数料などの経費だけ払って、戻ってきたハチスケ。
仕方なく自家用の肉として、育てることにしたのでした。
でなければ獣医さんを頼んで安楽死させるしかないのです。
それが嫌で、最後には存在価値の喜べる肉になって貰うようにしたいと思ったのです。

家の牛は育ちが遅く、普通は3才で出産して搾乳されますが、家では4〜5歳です。
中々成牛になりませんが、草だけの力ですので、そんなものかと思っていました。

数日後に肉になったハチスケの肉を引き取って来ました。
ウッドは乳用メス肉で売りました。


これはハチスケのタンです。(ゴメン。塩コショウで大変美味しいのでした。)


しかしほぼ同時に頂いたニホンジカの肉の味が家の牛と似ているのでした。
草やこの葉しか食えない、野生的な味と云うことになりますね。
これはまた、どこでも味わえない逸品だと云うことですね。草々。
| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 19:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
山地酪農牛乳蠅領彁総会
毎日寒いですね。春だと云うのに・・。

ストーブに火を入れない日がありません。


いつもは決算も中々出来ず、5月末にやっと申告するような
素人決算をしていました。(今も素人ですが)

でも今年はちょっと違いました。
二人のお嫁さんが来てくれたことで、いままでとは全く違う目線で
反省できるようになりました。「なるほどね」と思うことが
大変多くなりました。

また、色々な改善点も、ハッキリ見えるようにもなったのです。
それこそ今までは、毎日回転させるだけで、精一杯でしたので
今からが本格的に会社として経営することになるのかとも思っています。

そうして、今回は期限の一カ月も早く、
決算を出して申告するばかりになっています。

ご指導頂いている商工会さんでも、驚いておりました。
と云うことで、まだ申告したわけではないので、通常総会ではなく、
臨時総会として、今からの検討事項も、決定事項も検討するために
招集したのです。



早くしないと、農家として忙しくなり、
会議どころではなくなってしまうこともあります。

そして見て下さい。アルコールは出ていません。
アルコール抜きの会議が何回か続きました。(味気ないですね)
大の大人が集まって、会議が終わったら
一杯飲んでも良いように思いますが、ダメだというのです。

徹底した粛清と改善計画で、経営の本当の改善を図りたいものです。

| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 20:21 | comments(3) | trackbacks(0) |
消費者団体さんなどご来訪
先日同級生達とおいで下さった小幡さん。
今度は消費者団体さんなどを、連れてのご来訪でした。


レンタカーで小幡さんがご自分で運転してのご案内でした。



牧山視察(チャンと猫のブランカがついて来ている:奥の真っ白)



熱心な視察。質問が飛び交いました。



牛乳の試飲とビーフジャーキーの試食。そしてご質問。



「食」に対する考えを述べました。
食の安全が叫ばれて久しいが、益々厳しい状況下にあること。
食品に混ざってしまっている、化学物質や、薬品、抗生物質やホルモンなどについての所見。
農家も、特別な意識を持って、当然である筈の「安全な食品」として、生産しなければならないことなど、
お話しさせて頂きました。

大変お喜び頂き、嬉しく思いました。
面々の顔ぶれが、らでぃつしゅぼーや事務局さん、蠅劼海个┐気鵝◆嵜の学校」さん、北海道NOF麓郷生産組合の方、日本農村力デザイン大学の方、沖縄で粟國の塩を作っておられる方、などなど全国各地からのご来訪でした。

色々こだわりの方々な為か、言うことがスムーズにご理解頂けている実感がありました。
今からのご縁になりますように・・・・・。皆様大変ありがとうございました。

| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
盛岡市の環境部の取材で
年末の取材でおいで下さり歓談しましたが、
その時の千葉さんご一行が再訪下さいました。
前に来られなかった料理研究家の千葉星子さんも
山地酪農牛乳使用の手作りプリンを
お土産においで下さいました。(ウレチー!)



出来上がった冊子、「食環生活」 海ほど山ほど
も、お土産でした。
頂いた時には読んでいられませんでしたが、
後で拝読。素晴らしい文章でした。



A4の大きさの大変立派な本でした。



この見出しは「生命」の牛乳 だなんて、お恥ずかしいです。
見開きのページ一杯に牧山でサイレ−ジを食う牛たちが・・。
今は余り牛舎に行かないので、誰かも分かりませんが、聞いたら「ウット」
という牛の様子を見ています。
牧山での主役は牛たちで、この牛たちが開拓し、こんなに美しくして来ました。

大地に展開するまるで芸術です。



次のページには「シンシロ」と云う若牛が草を食んでいます。
公太郎が仔牛(ミカヅキの赤ちゃん)を抱えて嬉しそうな笑顔です。
こんな家族が増え、今は大家族になりました。
その牛乳を、次のページでは料理研究家の千葉星子さんが、
山地酪農牛乳を使って、心を込めて作って下さった、
リコッタチーズとクリーミー春巻のレシピが。

きっと読んだ方は作ってみたくなるだろうな、と思いました。



次のページは絶品なめらかプリンのレシピが。
これまではカラメルソースがグラニュー糖を水で溶かして加熱しただけとは
全くい知りませんでした。びっくりでした。

試食に頂いたプリン。
「食べてみて下さい!」と強く勧められて、最初に一人で頂きましたが、
なるほど、強く勧める意味が分かりました。
本当に美味しかったのです。甘すぎないで、素材の味がシッカリ生きていて
とっても上品な味でした。作った千葉さんではない、盛岡市の千葉さんが
まるでご自分が作ったかのように、自慢して下さいました。(笑)

一緒に頂いた、パンナコッタ(何のこった?)も、上品な
山ぶどうの色が何とも食欲をそそる、とっても美味しい逸品です。
でも味は、説明のしようが無いのですね。残念!



そして何と、編集後記にも、家の写真が使われています。
こうして、すっかり良い気分になりました。
これは私たちが何にこだわり、何をどうしようとして来たのかを、
シッカリ受け止めて下さるからだと思います。
最終頁の一こまですが、

奥山敦志カメラマンと千葉星子さんの真剣な顔が。

そして関わって下さったスタッフの方々が、真心でやって下さいました。
本当にありがとうございました。
こう云う良いものが生まれたご縁で、また新たなご縁が生まれることでしょう。


今回ご来訪時に、牛乳で「乾杯!」

公太郎のサービスで、馬に乗って頂けました。


奥山さんの笑顔。


千葉星子さんの笑顔。


編集とアシスタントデザイナーの横澤さんの笑顔。


盛岡市環境部の総責任者の千葉芳幸さんの笑顔でした。

たまたま伝票を持って来てくれた美穂ちゃん(宗君の嫁さん)と、
今までは怖くて乗れなかった二胡ちゃんが
ママと一緒にオッカナビックリで初めて乗りましたよ。
シッカリ抱っこして貰って、みて下さい。

馬もこうして幸せを沢山産んでくれています。
最後にみんなで記念写真。



冊子と云うものは、何年経ってもそのまま残るもの。
素晴らしい形で、残して下さった皆さんに、心より感謝を申し上げます。




| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
田野畑山地酪農ビーフジャーキーについて
強烈なインパクトがあったシチロウ君がいて、
その前につぶしたオットーについては、ほとんど触れていませんでした。


2月20日の写真。出荷前の洗浄を恭次がやっています。

生まれて一年くらいで、友人が酪農を止めるので、家でも2頭引き取ったのですが
元気な良い牛でした。

もう一頭は、家に来て間もなく事故で死にましたが、彼女は順調にオガッテくれました。


(2008年6月12日の写真です。)全盛期の魅力的な彼女(オットー)

彼女のモモ肉が今のビーフジャーキーになっています。
もう一回作れますが、
それが無くなったらシチロウ君のモモ肉のジャーキーになります。

ではどうして10才の若さで
(日本では平均的な年齢(経済年齢)は5〜6才です。)
つぶされる羽目になったのかと申しますと、乳質が悪くなってしまったのです。
そしてもう一つの原因は、種が付かなかったことが理由です。

残念ですが、ほかの後継牛がいることを考えると、回復を期待するよりは、
淘汰する方が良いと云うことになったのです。

ただ、以前ならそうなればゴミのようになりましたが、今は違います。
こうして精肉でも、ビーフジャーキーのように加工しても、それなりに
お流しできる道ができて来ています。本当にありがたいことです。


 (30g一枚 380円です。)

でも、皆さん田野畑山地酪農牛乳蠅任蓮元気な牛にして20才まで乳を搾りながら
牧山を歩ける牛を目指しています。

事実、今までにも熊谷農場では18才と云うのを私も覚えています。
ここ”志ろがねの牧”では、16才が最高でした。

広大な牧山に放すことで、牛が丈夫になり足腰も鍛えられて、若々しくなります。
結果、乳質が悪くならない限りは20才でも大丈夫な筈なのです。
| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
田野畑山地酪農ビーフジャーキーができました。
皆様のご要望がありましたが、なかなか作ることができないでいた
ビーフジャーキーがやっとできました。(HPトップ参照)


 (30g 一枚380円です。)

これには訳がありますが、
取敢えずやっと製品ができたことに感謝しております。
作って下さった「モーとんふぁみりー」さん、ありがとうございます。
次回もどうぞ宜しくお願いします。

この原料肉はここ、志ろがねの牧 のメス牛で10才になる、
オットーと云うホルスタイン雑種牛です。(登録していない)

シチロウ君の肉ではありませんが、彼の直前につぶしました。
メスとしてはまだ若いのです。
(日本の平均では5〜6才くらいです。)

メスは若くてもおっぱいがダメになればアウトになります。
これはどんな元気でもアウトです。どんなに沢山牛乳を出しても
ダメな乳では出荷ができません。そうなれば飼えないと云うことです。

でも、昨年の9〜10月につぶす申し込みをしましたが、岩畜の屠場が
開いていなくて、順番待ち状態になっていました。

順番待ちができなくて、安楽死を選ぶ農家も出て来ていました。
だってこれだって仕方が無いと思います。
出せない乳を搾りつつ、大きな腹に毎日食わせなければならないのですから、
顔を見るたびに情けなかったと思います。

まさか5か月も6カ月も待たされるとは夢々思ってはいませんので、
いつまで待っても順番が来ないことにイライラを募らせるしかなかったのです。

農協に聞いても岩畜に聞いても、らちが明きませんでした。

それにしても久しぶりのビーフジャーキーが本当に美味しく感じます。
これはモモ肉しかジャーキーにならないと云うことで、
内モモ・外モモ・ランイチ・シンタマ等の部分だけが限定で作られます。

どうしてかと云えば、モモ肉でないと噛み切れないのだそうです。
以前には、勿体ないのでバラ肉などでもジャーキーを作って貰いましたが、
やはりかなり堅かったです。そこで城跡通り、モモ肉で作って頂いております。

添加物は、化学的な調味料や着色料や保存料等は一切使っておりません。
安心して味をお楽しみ頂ければ幸いです。
(放射能は全頭検査ですから、ご安心下さい。)
| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 15:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
春菜ちゃんの一人配達二回目。
今日もまた強風と共に、地吹雪が吹き荒れました。


今朝の気温は−5℃。
それほど気温は寒い印象はありませんが、風が吹いてとても寒いです。

昨日もそうでした。
天気予報が積雪有りとしていましたので、除雪するぐらい積るなら
みんなの都合から言って、小生が春菜ちゃんの運転手になって
配達に行こうと思っていましたが、大丈夫雪はその割りにはありませんでした。

小生、「ひとりで行けるな。」
春菜、「あっ大丈夫です。」
朝食を食べて、早々に出かけて行きました。
岩泉町までのグリーンロードが一番心配です。

配達時間を節約するために、1本のお客様用と、
2本のお客様用に前もって袋に詰めて置いたのだそうです。
現場で積める手数がかからない為だそうです。「さすがー!!」

無事に帰って来ました。それも結構早くに。


大したものです。
朝の7時に出て、帰りは19時かと思っていましたが、
16時過ぎには帰って来ました。

どうですか、この笑顔。最高です。ウレチー!!

積極的で覚えるのも早い。またもや親バカか?嫁バカでしたな?
やっぱバカには違いがありませんでした。(笑)
| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 22:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
久慈市の平山(たいやま)小学校に行って来ました。
朝の気温−7℃、湿度72%
久しぶりに寒い感じがしました。

今回は見えますね。段々に写真も上手になって来ます。(笑)

午後から久慈市立平山(たいやま)小学校に行って来ました。
久慈市は毎週土曜日に配達していますので、営業を兼ねています。
お話しの前に、校長先生に許可を頂いて、営業もさせて頂きました。済みません。

少子化の現在、お子さんの数も2〜3人に減って来ています。


統合や閉校は、どうして起きるかと云えば、子どもの数が減るからの一言に尽きます。


岩手県内は結構統合での閉校も進んでいると思いますが、岩泉町のように町が大きくて範囲が広くて、大変なところもあると思います。が、大体は子どもの数の減少から、閉校せざるを得なくなって来ているのでしょう。

今はお父さんもお母さんも、冷静でシッカリしていますから、今の収入では家族は5人まで。とか、色々計算しているところもあるように思います。

でもね、子を授かるのに「計算」ではなくやって欲しいなと思います。
家計が良くなり、じゃ欲しいと思っても、今度はそうはいかなくなってしまいます。
そのように、子どもは「作るもの」と思っておいでの方が多いと思います。先生でも結構平気で「作る・作った」と云う方がおいでになります。

でもよく考えて下さい。粘土細工じゃあるまいし、作れるものでしょうか?
仮に作ったとして、自分が作るから、信用ができない、トゥヘンボクになるのです。
いい加減な自分をよく知っていますから、そんな自分が作るからです。

でも同じ人間が生んでも、「神仏から授かった」と思えるとしたら、これは全然別です。
トゥヘンボクの自分が産んでも、神仏から授かったのですから、無条件に信じられます。

だから「授かった」と思える方が良いと思うのです。
将来、独り立ちして旅立つまでの間、神仏からお預かりして、お育てさせて頂くのです。
でも、自分に授かったのですから、自分が精一杯やればそれで良いのです。
人様と比較してうらやむ必要はないし、そんな自分たちを知って神仏はこの子を授けてくれているのです。

色々な壁が次々にのしかかって来ますが、それを通して「人になれ!」と云う神仏のメッセージだと思うのです。
だから壁は常に皆違い、自分の壁になるのだと思います。

「生きる」ことを選ぶ訳に行きませんから、どうして今の時代で、岩手県なのか、久慈市なのか、田野畑村なのか。
どうしてあの両親のもとに生まれたのか。どうして、こう云うご縁でこうして関わっているのか?などなど、考えても到底分りませんが、それぞれが持っている個性や条件の違いで、それぞれが豊かな人間社会を目指しなさいと云う
神仏のメッセージだと思うのです。そう思えば大変面白いと思います。

実際には閉そく感の世の中で、夢も希望も持ちにくい世の中になって来ていますが、同じ時代を生きるのに、希望なくして明るく生きられましょうか?

夢や希望を抱くのに、お金は要りません。お金が掛るのなら小生は明るい人生は歩めなくなってしまいます。

柴田トヨさんではありませんが、


くじけないで

ねえ 不幸だなんて
溜息をつかないで

陽射しやそよ風は
えこひいきしない

夢は
平等に見られるのよ

私 辛いことが
あったけれど
生きていてよかった

あなたもくじけずに




夢は自分が見れば良いのです。
希望は自分が持てば良いのです。
なんチャッテ。調子に乗りました。

家のストーブにはバケットが二つあがります。


左側は牛舎の搾乳機洗浄用の湯を沸かしています。
右側は哺乳用の牛乳を計って載せているのです。

普段は出しとり鍋とヤカンが載っているのです。

お陰で常に湯が湧いています。暖かーいです。
| 頑固オヤジ | 田野畑山地酪農牛乳蝓ゝ板邑雄 | 19:25 | comments(2) | trackbacks(0) |
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